顕微鏡 第53巻▶第2号 2018
■特集:低次元物質の微細構造を探る

低次元物質TaSe2の電荷密度波相転移

小林慶太,保田英洋a,b

大阪大学超高圧電子顕微鏡センター
大阪大学大学院工学研究科マテリアル生産科学専攻

要旨:整合電荷密度波(CCDW)相転移により遷移金属ダイカルコゲナイドにあらわれる周期的原子変位はこれまでにも回折学的手法でモデル化されているが,実空間上での直接観察による実証は未だなされていなかった.これをふまえて,我々は高角度環状暗視野走査透過電子顕微鏡(HAADF-STEM)法によりCCDW相1T-TaSe2を観察することで,これにあらわれる周期的原子変位の実空間直接観察を試みた.その結果,六回対称性を示す周期的な像コントラストが,原子カラムに起因する像コントラストに重畳して結像されることを見出した.この像コントラストは,CCDWにともなう長周期規則構造(LRO)に対応する周期性を持ち,また試料温度の上昇による1T-TaSe2のCCDW相から通常相への相転移にともない消滅する.これらの実験事実に加えて,HAADF-STEM像とマルチスライス法によるシミュレーション像との比較から,HAADF-STEM像の非干渉的な結像機構をふまえて,この像コントラストがCCDWにともなうTa原子の静的な原子変位を可視化していることを明らかとした.これらの結果から,回折学的手法より得られたモデルに等しい周期的原子変位が,実空間においても実験的に観察されることが示された.

キーワード:遷移金属ダイカルコゲナイド,電荷密度波,1T-TaSe2,HAADF-STEM