私のキャリアパス ~マイノリティーをきっかけに~

東京大学大学院医学系研究科 特任講師 福田善之

 現在私はクライオ電子線トモグラフィーとクライオFIB-SEMを用いて、細胞内タンパク質の構造解析を行っています。しかしながら、私は博士課程5年一貫制の3年目まで、クライオ電子顕微鏡はおろか、通常の透過電子顕微鏡すら触ったことがありませんでした。本稿では、私がどのようなキャリアパスでクライオ透過電子顕微鏡やクライオFIB-SEMを用いて研究を行うようになったのかについてお話したいと思います。

 大学院生の時は総合研究大学院大学の永山國昭教授の研究室に所属していたのですが、私は生物学科出身で、永山先生の専門が物理学であるため、同研究室の瀬藤准教授の下で光学顕微鏡を用いてマウス脳組織切片におけるタンパク質の発現部位の解析を行っていました。しかしながら2年目の終わりに、永山教授から「クライオ透過電子顕微鏡用の位相板を開発したので、生物試料への応用をしてほしい」と伝えられ、永山先生のプロジェクトに参加することになりました。

 私は永山先生のプロジェクトに参加して初めてクライオ透過電子顕微鏡観察を行い、クライオ位相差電子顕微鏡の組織・細胞への応用を博士論文のテーマとして研究を始めることになりました。その当時、クライオ電子顕微鏡の試料は精製したタンパク質やウイルスが主であって、培養細胞を観察試料としている研究者は世界的に見てもあまりいませんでした。しかしながら、位相差法で細胞試料の観察を試みていたため、サバティカルとして永山研に滞在していたUC BarkleyのRobert Glaeser教授に興味を持って頂き、研究に対していろいろと貴重な助言を頂きました。

 博士号取得後、永山教授の下でポスドクとして勤務していた時に、私は次の職場として海外留学を考えていました。そんな時に参加したアメリカでの学会でGlaeser教授に再開して一緒に食事をしていた時に「これまでの経験を活かすにはマックスプランク生化学研究所のWolfgang Baumeister教授の研究室に行った方がいい」とBaumeister教授へ推薦状を書いて下さいました。

 Baumeister研究室では私の現在の研究の根幹となる、クライオFIB-SEMというクライオ電子顕微鏡の試料作製法だけでなく、「その場」でのビジュアルプロテオミクスというデータ解析手法に関して論文発表することができました。また、研究だけでなく友人関係にも恵まれたため、結果として7年間 Baumeister研究室に所属しました。Baumeister教授を含め、Baumeister研究室で知り合った友人たちとはいまだに連絡を取り合っています。

 居心地のよかったBaumeister研究室から日本に帰国するきっかけとなったのは、東京大学の吉川先生から連絡を頂いたことです。その当時クライオFIB-SEMを使用している研究室はヨーロッパでも少なく、その手法に習熟している人は限られていました。そのため、東京大学にクライオ透過電子顕微鏡とクライオFIB-SEMが導入される際に私に声を掛けてくれたそうです。

 このように、私のキャリアパスではあまり人が行っていないことを研究対象としていたこと(マイノリティー)が次のキャリアへの橋渡しとなっていました。もちろんマイノリティーな研究テーマは、その分野で重要視されていない、もしくは技術的に困難なのかもしれません。しかしながら、成功も失敗も含めその経験は個性であり、将来的に他の研究者との差を際立たせるものだと私は体験しました。そのため、本稿を読んでいただいた大学院生や若手研究者の方には、それぞれの個性を大切にしたキャリアパスを歩んで頂ければと思います。

(図の説明)筆者の留学先であるBaumeister研究室では、年に一度Ringberg城でラボリトリートを行い、お互いの研究発表だけでなく、地元のおいしいビールも楽しんでいました。