私のキャリアパス

北海道大学大学院歯学研究院 硬組織発生生物学教室 准教授 長谷川 智香

 私は、大学院時代から現在に至るまで、透過型電子顕微鏡をはじめ各種顕微鏡を用いた形態学を基盤とする骨代謝研究を進めております。私が研究を始めるきっかけとなったのは、現所属先の主任教授であり、恩師の網塚憲生教授との出会いに始まります。

 当時、母校を卒業後、臨床教室で歯科医師として研修に励んでおりましたが、研修生活の中で「今後の人生を、長く歯科医師として歩んでゆくために必要なことは何だろう」と、常々考えておりました。そこで、「問題点・課題点を抽出して、それを解決するために、どうしたらよいのか考え・実行する」という力を養うべきだ、と思った私は、単純に臨床の技術・知識を磨くだけではなく、「研究」というものをしてみれば、その力が身につくかもしれないと考えました。それをきっかけに大学院進学を検討し、その際に偶然ご紹介いただいたのが、本学に着任したばかりの網塚教授でした。
 そこからはとんとん拍子で話が進み、臨床も研究どちらも頑張りなさい、というお言葉のもと、粗面小胞体とゴルジ体の違いすら忘れ去っていた私が、基礎教室所属の大学院生となり、研究と臨床を並行することになりました。当時、私のような進路選択はあまり類を見なかったことから、周囲には大変驚かれたことを記憶しております。大学院入学後は、骨基質石灰化を主軸に、骨代謝に関わる様々な研究テーマに取り組み、気がつけば、歯科医師として臨床に携わる時間は圧倒的に短くなり、現在は、基礎系教員として研究や学生教育に従事しています。

 さて、私は、大学院時代から現在に至るまで網塚教授に師事しておりますが、一にも二にも徹底的にご指導をいただいたのが、顕微解析技術・知見を基盤とした形態学(顕微解剖学)でした。大学院入学後、とにかく動物の固定から光学顕微鏡・電子顕微鏡試料の作成、切片の薄切や顕微鏡観察を繰り返し、美しい顕微鏡像を得ること、また、そこから如何にして所見を読み解いてゆくか、を叩き込まれました。折に触れて、John Keatsの詩の一節「Beauty is truth, truth beauty.」を引用され(網塚教授も師匠の小澤英浩先生から繰り返しお伺いしたといいます)、「美しい組織所見からこそ得られる真実」、そして、「真実を求めるための努力を惜しまず、所見に対して誠実であること」の大切さを説いてくださいました。この教えは、形態学研究者の根底を成す最も重要なものだと思っております。

 恥ずかしながら、「研究者になりたい」という強い思いで研究を始めたわけではありませんが、「science」の世界であると同時に、「生体構造の美しさを感じる感性」の世界でもある形態学の奥深さに触れ、目の前にある一つ一つの研究を楽しみながら続けてきた結果、現在に至っております。そして、私の研究者としてのキャリアは、間違いなく、網塚教授との出会いと熱意あるご指導、そして、共に研究を進めてきた教室の先生方、他施設の共同研究者の先生方皆さまのご支援がなければ形成されておらず、人生は運と縁であることを、つくづくと実感いたします。

 このように、私のキャリアパスのお話は、本稿をご覧の先生方のお役に立つものではないかもしれません。ですが、どのような世界であっても、様々な人との出会いを大切にし、その時自分が取り組むべきことに真摯に向き合ってゆけば、必ず道は開けてゆくのでは、と思っております。私自身、これからも周囲の皆様とのご縁を大切に、真摯に形態学研究に向き合ってゆきたいと思っています。

恩師である網塚憲生教授と。当教室のTEMの前で。