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私のキャリアパス

理化学研究所 創発物性科学研究センター 研究員 中村飛鳥

 私は2018年に東京大学大学院の物理工学専攻において博士号を取得後、現所属である理化学研究所・創発物性科学研究センターの研究員として7年ほど研究を行ってきました。主に超高速時間分解電子顕微鏡という、ピコ秒(10-12s)レベルでの顕微鏡動画を得る手法を用いた非平衡物性の研究に従事しています。王道な顕微鏡学者のキャリアという訳ではありませんが、本稿では、学部生時代にまで遡り、私のキャリアについて紹介できればと思います。

 学部生時代の授業で聞いた、「非平衡現象の学理はあまりよく分かっていない」という情報から、「非平衡って何か面白そう」という軽い考えで2012年の研究室配属時には石坂香子先生の研究室を選びました。当時の石坂研ではレーザーと電子回折装置を組み合わせることでピコ秒程度の時間スケールで電子回折図形の時間変化を取得する「超高速時間分解電子回折」装置の立ち上げをはじめるところでした。助教であった下志万貴博先生(現名古屋大教授)と共に、装置の立ち上げを一から行うことができ、私の研究の基礎はここで築かれたと思います。修士2年生の時に初めて時間分解計測に成功した際には、(徹夜明けだったことも手伝って)居室に「データが出た!」と叫びながら入るほど狂喜したことを良く覚えています。その後博士号を取得する前年の2017年に、石坂先生が理化学研究所で新たに研究室を立ち上げると共に超高速時間分解電子顕微鏡の開発を始めたことが、電子顕微鏡との出会いです。その年には、理研での装置建設、博士論文の執筆、結婚式の準備という公私のイベントが重なり、非常に忙しく(そして楽しく)過ごしていたと記憶しています。

 2018年の博士号を取得後から正式に理化学研究所で働き始めましたが、最初は電子顕微鏡というものをよく分かっておらず、とりあえずそれまで計測していたVTe2という物質を計測してみようと、今から思うと一つの転機となる実験を始めました。この研究ではパルス光によるV原子間結合の変化とその後の音響波の生成・伝搬を、それぞれ制限視野回折と明視野像から計測していました。しかしその後、論文を執筆する際にこれらのデータから原子の変位量や音響波の振幅(格子歪みの大きさ)といった、物理量の定量評価の難しさに突き当り、思ったように物理の議論ができずに悔しい思いをしました。同時に、こういった定量評価がなぜ難しいかを考えてゆく過程で、(申し訳ないことにそれまで重要性を理解していなかった)電子顕微鏡業界の先人たちの試行錯誤と、その結果生まれた多様な顕微鏡技術に触れることができました。その後はこういった顕微鏡技術を、時間分解計測と組み合わせることで、どのように新たな非平衡物性が明らかになるかという、自分の研究の方向性が見えてきたように思います。

 まだまだ道半ばではあるのですが、これまでの経緯から研究をするうえで重要だと思うファクターの一つは、一緒に研究をする「人」だと思います。特に2012年から13年間、石坂先生からは研究に関して様々なアドバイスを貰ってきました。学位論文の指導はもちろんのこと、上述のような研究の課題・方向性は、石坂先生との議論をきっかけとして気付かされたものです。石坂先生は「電子顕微鏡の専門家」ではありませんが、自分の研究に足りないものは何かという視点で常にコメントを与えてくれる指導者の存在には、非常に助けられたと思います。もう一つ重要なファクターは、何でもいいので何か、「方向性」を持っておく点だと思っています。私の場合は学生時代からプログラミングが趣味で、幸運にもこれが新規計測法の低予算での実装や、計算コストの高い解析などを実現する際に大きな助けとなりました。研究上の課題に対して、僅かながらですが自分なりの方向性を持った対処を繰り返すことで、結果的に研究の方向性が少しずつ見えてきたように思います。とはいえ、私の場合には、その場その場で目の前の困っている課題に対処している過程で色々気がついただけで、上記のようなことを考えながら戦略的に考えてきた訳ではありませんでした。

 最後に、研究者は自分の興味に沿った仕事をすることができるという意味で、魅力的な仕事だと思っています。色々なキャリアパスがある中で、本稿が将来を考える一助になれば幸いです。


カナダ・エドモントンにて。左から著者、Marek Malac先生、Makoto Schreiber博士、岡本洋先生、原田研先生