「初めて使用した電子顕微鏡は、超高圧電子顕微鏡H-3000です!」というとどんな環境で研究してきた人なのかと思う人も多いと思います。私は、大阪大学歯学部歯学研究科の分子病態口腔科学専攻にて4年間博士課程に在籍していましたが、顕微鏡とは無縁の研究室にいました。研究内容は、口腔外傷(スポーツや事故で歯や歯槽骨に起こる怪我に関する分野)で、手法はシミュレーションを中心としていて、コンピューター言語で設定を書いてはスーパーコンピュータで解析を行う構造解析の研究を行っておりました。
その頃から、歯を構成するエナメル質や象牙質といった硬組織がどのような外力で壊れるか?を考えるにあたり、必然的に硬組織の微細構造観察へ興味がシフトしていきました。
大学院修了後、歯学部附属病院の教員としてポストをいただいた際に、大学院時代から温めていた「超高圧電子顕微鏡トモグラフィーで歯の微細立体構造を見たい」を実現したいと思い立ち、若手研究の枠で頂いた研究費を手に、同じ吹田キャンパスにある超高圧電子顕微鏡センター長の森博太郎教授を訪ねました。飛び込み相談にも関わらず施設を使わせて頂き、超高圧電子線トモグラフィー法の面白さに触れることができました。
当時、センターにいらした長谷川紀昭先生には、丁寧に電子顕微鏡試料作成のノウハウを叩き込んでいただき大変感謝しております。この時の手技は後にFIB/SEMの際も役立ち私の宝物です。
大学附属病院の臨床系講座では、臨床に多くの時間を割くため日中の研究を効率よく行う必要があります。まずは電顕試料作成の全行程を行える実験室を目指してゼロから立ち上げを行いました。様々な共同研究者の協力や研究助成金により樹脂包埋や超薄切片作成(ミクロトームはLKBとLeicaの2台、共に中古)も可能になりSEM(これも中古:笑)も手に入り、効率的に研究が出来る環境を構築することができました。
この時期に知り合った様々な分野の研究者との交流は、自分の研究人生においてかけがえのない財産となっています。特に「未脱灰の硬いサンプルを切るという変な研究をしている研究者」というありがたい認識をされ、得体の知れない硬いサンプルが持ち込まれ時にはダイヤモンドナイフをガリガリ言わせながら笑顔で切片を作っております。現在は、「糖尿病による糖化現象(glycation)が歯や骨に及ぼす影響」を軸に研究を進めております。
電子顕微鏡観察技術は、様々な分野で活用できる普遍性の高い技術です。いろんな分野の学会でお話をさせていただく機会があるのですが、「電子顕微鏡に関わる若い研究者が減っている」という声を聴きます。その反面、電子顕微鏡講習会が行われると多くの若者が参加しているのも事実です。講習会で包埋、切片作成、染色の技術を習うものの、実践する機会が少なく経験を積めないという環境にあるのかもしれません。
近場の研究者同士で情報を共有し、助け合うシステムを構築して電子顕微鏡という直感的で面白い研究手法を発展させる必要があるのではないかと感じております。
2022年9月 新入りのウルトラミクロトームと