エンゼルスの大谷翔平選手の活躍に毎日喜びを感じている人も多いと思います。投げては160kmの剛速球、打っては40本のホームラン、メジャーリーグの大舞台で二刀流で大成功するなんて、いったい誰が想像できたでしょうか?私自身は大谷選手のように大成功とはいきませんでしたが、これまで二刀流ということを意識して研究を進めてきました。
私は北海道大学の獣医学部に入学後、バックパッカーの魅力に惹かれ、東南アジア、南アジア、西アジア、南米などを繰り返し貧乏旅行していました。格安の小汚いドミトリーに泊まり、道端にある屋台で現地の人に交じって安い食事をとり、ローカルバスや乗り合いのバンで移動するという、なるべく現地の人と同じレベルで生活することを心掛けていたため、旅行中はしょっちゅう下痢になり、南京虫やダニなどに悩まされました。そんな経験から必然的に感染症に興味を持ち、4年生から微生物学教室に所属しウイルス学研究を開始しました。
微生物学教室の喜田宏教授はインフルエンザウイルスの疫学を専門とする先生でしたが、電子顕微鏡の重要性を理解されている先生でした。私にネガティブ染色法や超薄切片法などの電子顕微鏡技術を習得するように命じ、私は研究(当時のテーマはウシヘルペスウイルスの細胞侵入機構の解析)のことはほとんど理解しないまま、サンプル作製の細かい作業が楽しくて、ひたすら超薄切片を切り続けました。残念ながら論文につながるような結果を得ることはできませんでしたが、電子顕微鏡の腕だけは上がったと思います。
6年生になると東京大学医科学研究所で研究室を主催されたばかりの河岡義裕教授(微生物学教室出身の大先輩)がうちにおいでよと誘ってくれて、博士後期課程は河岡義裕先生の元で研究することになりました。河岡研は、分子生物学的手法や動物感染実験などによるウイルス研究がメインでしたが、河岡先生もやはり電子顕微鏡の重要性やおもしろさを理解されていた先生だったのが幸運でした。
河岡研では、もっと言えば当時のウイルス学会では、電子顕微鏡法をメインにウイルスの研究していた人はいませんでしたが、河岡先生は他の人と同じことをする必要はない、オンリーワンを目指すべきということで、私に電子顕微鏡を使った研究を勧めてくれました。幸い、東大医科研には相良洋先生という電子顕微鏡の専門家がいたため、電子顕微鏡法は相良先生の下で学び、ウイルス学については河岡先生の下で学ぶ、ということができました。
学生時代の私はあまり意識していませんでしたが、ウイルス学をしっかり理解し電子顕微鏡を使いこなせるというのはまさに二刀流で、そのおかげで博士後期課程の研究(インフルエンザウイルスのゲノムパッケージング機構)がNatureに掲載され、さまざまな学会から講演を依頼されるなど、貴重な経験をさせてもらいました。
博士取得後、私は東大医科研の河岡研で特任助教、准教授を経て(途中、JSTのさきがけ研究者も兼任)、39歳で京都大学ウイルス研究所(現・医生物学研究所)に教授として異動しました。順調なキャリアパスのように見えると思いますが、それは二刀流というレアな特徴を持っていたおかげだと思います。学生時代からウイルス学と電子顕微鏡の両方をしっかり勉強してきたことで、ウイルス学会では電子顕微鏡の専門家として、顕微鏡学会ではウイルスの専門家として、名前が売れたのだと思います。他の研究者に名前を憶えてもらうというのは、皆さんが思っている以上に大事なことです。若い研究者の皆さんもぜひ、何かの二刀流になって、それぞれの分野でレアな存在になって目立ってください。きっと順調なキャリアパスが待っています。
現在の私の研究室(京都大学医生物学研究所 微細構造ウイルス学分野)は、インフルエンザウイルスやエボラウイルス、新型コロナウイルスなどを対象に基礎的なウイルス研究を進めていますが、クライオ電子顕微鏡を用いてウイルスタンパク質の構造解析をする人、CLEMやアレイトモグラフィ法によりウイルスの細胞内増殖機構の解析をする人、高速原子間力顕微鏡を用いてウイルスタンパク質複合体の動態解析をする人、オルガノイドモデルを使ったウイルス学研究をする人など、二刀流の卵がたくさんいます。そのような若い学生・スタッフが増えていくことで、研究がより楽しくなり、ウイルス学がより発展していくと考えています。
若い学生の皆さん、自分にもう一つの刀なんて何かあるのだろうかと迷ったら、ぜひウイルス研究も考えてみてください。ウイルスを対象にした形態解析、構造解析に少しでも興味を持った方は、ぜひ私までメールしていただけたらと思います。