私のキャリアパス

九州大学 先導物質化学研究所 准教授 斉藤 光

 先週第一子が産まれました。家庭を築き、平凡な日常生活を営むことができていることに感謝しております。

 私は何事も無計画で、考えるよりも先に行動してしまう落ち着きのない性分です。私のキャリアパスは、これから研究者を目指される若い方々にとって、「反面教師的に」参考にできることがあれば幸いです。

 私は電子顕微鏡と電子線を利用した分光法(電子エネルギー損失分光やカソードルミネセンスなど)を用いて物質やナノ構造の主に光学的な励起・発光現象を研究しています。この研究テーマは大学院時代からの恩師である倉田博基先生(京都大学化学研究所)からいただいたものです。私は研究が好きで、自分の意志一つでアカデミックを目指して博士課程へ進学しました。しかし、今の私(35歳)が客観的に当時の私(23歳ぐらい)の資質を評価すれば、その判断には疑問を持つと思います(学生さんを指導しながら、今の学生さんは私と比較して優秀だなぁ・・・と思ってしまいます)。
 実際、学位取得に必要な数の論文が受理されたのは博士課程3年次のぎりぎりになってから。当時の先輩の助言で「学振」の特別研究員にも申請しましたが低い評価で不採択。生き残るための競争力が自分にあるかどうか、賢明な人は自己評価できるのだと思いますが、私は「なんとかなる」と思ってしまう性分だからか、ポスドク研究員としてアカデミックの世界へ「えいや!」で飛び込むことを選んでしまいました。

 倉田研で電子エネルギー損失分光を習得した(つもり)の私はカソードルミネセンスを是非とも習得したいと考え、その世界的パイオニアである山本直紀先生(東京工業大学)に頼み込んでポスドク研究員にしていただきました。ただし、私が山本先生の下に訪れた2014年は山本先生のご退職の1年前。修業できたのはたったの1年間でした(その次の就職活動や研究室の片付け作業を含めると、実質はさらに短かったかもしれません)。当時の私にとっては不安よりも魅力が圧倒的に勝ったので、この選択に何の躊躇いもありませんでした。
 しかし一般論として、ステップアップのための結果を出すことが必須のポスドク研究員という状況を考えるなら、2年以上猶予のあるところを絶対に選ぶべきです。私はその1年間で結果に恵まれましたが、それは私の実力によるものではありません。山本先生の手厚い指導、山本研に蓄積された実験から解析に至るまでのノウハウを惜しみなく吸収させていただけたこと、電子顕微鏡をほぼ毎日使用できたこと、それが技術職員の方による完璧なメンテナンスでフル稼働し続けたおかげです。
 任期の短さはともかく、今思えば、上記のような「研究環境」は、学位取得後のキャリアパスの選択で最も考慮すべきものなのかもしれません。当然、私は環境面を事前に精査などしておらず、ただただやりたいことを選んだだけだったのですが。

 偶然ですが、その2014年は九州大学の波多聰先生が教授に昇進され、研究室を立ち上げた年で、オープニングスタッフを募集しておりました。かくして、私は常勤の職を得ることができました。しかし、それは計画的に行動した結果ではなく、繰り返しになりますが偶然です。これから研究者、あるいは技術者を目指される若い方々は、計画的に、戦略性をもって、決して楽観せず、キャリアパスを描くことを強くお勧めいたします。

 最後に、私は比較的年齢の近い優秀な先輩にも恵まれています。私の短所(計画性のなさ)は、先輩方の研究の進め方を参考にさせていただくことで補われ、何とか若手キャリア形成の要所を突破してきたと感じております。重要なヒントが、とりとめもない会話の中で得られることもありました。ある程度迷惑をかけることは仕方がないと、積極的に胸を借りたら良いのではないかと(私で良ければお気軽にお問合せください)。