私の透過型電子顕微鏡との付き合いは、学部4年生で研究室に配属された2008年から本稿の執筆時点(2022年12月)でおよそ15年になります。利用者としての立場から始まり、この15年の間に結像理論の研究や手法開発も行うようになりました。その経緯をここでご紹介いたします。少しでも読者の方の参考になれば幸いです。
学部の4年生で配属されたのは東京大学マテリアル工学科の阿部英司先生の研究室で、卒論のテーマは収差補正HAADF STEM像に基づいた準結晶の構造解析でした。このデータは阿部先生がオークリッジ国立研究所で観察されたもので、当時は収差補正の黎明期で複雑な準結晶のすべての原子サイトがはじめて可視化されていました。
その後、(収差補正でない)STEMの操作を教えてもらった後、研究室が所有する電子顕微鏡(JEM-2010F)で、はじめてひとりで原子像を観察できた瞬間は今でもよく覚えています。研究室の志望動機は、電子顕微鏡ではなく準結晶が面白そうだったからですが、学生時代が収差補正技術の普及するタイミングと重なったため、東大に共用装置として収差補正STEM機(JEM-ARM200F)が導入され最新の装置に触れる機会が得られたこと、研究室の先輩であった石川亮さん(現東京大学特任准教授)がABF STEMで水素原子コラムを観察する場に立ち会えたことなどを通じて、電子顕微鏡の魅力や大きな可能性を知ることになりました。
こうした経緯で、電子顕微鏡法そのものに興味をもつようになっていきました。学位をとった後1年間、日本学術振興会の特別研究員として同研究室で研究を続けている時に、当時は完全には理解されていなかったABFの結像原理について、コントラスト伝達関数(CTF)に試料厚みの効果を入れると良いというヒントを得て、初めて理論の論文を書きました。
その後、次のポストを探していた時に、東京大学の柴田直哉先生が開発されたSTEM用の分割型検出器に興味をもっていたところ、2015年4月に幾原雄一先生と柴田先生の研究室にポスドクとして採用して頂き、現在に至ります。採用された当時は、ABFの結像原理もよく理解されていないような状況だったため、明視野領域を用いたSTEMは未開拓でしたが、柴田先生が分割検出器を使った微分位相コントラスト(DPC)法で原子核と電子雲がつくる電場を観察したことをきっかけに、世界的に明視野STEMの研究が盛り上がってきているところでした。
分割型検出器を用いたSTEM像シミュレーションは、当時は汎用ソフトではできなかったので、自分でマルチスライス計算のプログラムを書くことから始め、改めて電子顕微鏡について勉強する機会を得ることができ、また自由にカスタマイズできるシミュレーション環境を手に入れたことが、この後の研究の大きな助けになりました。
その後、結像理論の構築をすすめながら、研究室の研究員・学生さんたちとさまざまな課題に取り組んできました。最初は何を見ているのかも分からないような状況からスタートして、少しずつコントラストを理解し、条件を最適化したり新しい観察方法を考えることで、見えなかったものが見えるようになってくる過程は、大変楽しい研究生活でした。特に当時学生だった大江耕介君(現ファインセラミックスセンター・日本学術振興会特別研究員)と立ち上げたテーマである分割型検出器を用いた低ドーズSTEM法の開発は、最適明視野(OBF)法として商品化にまで至ることができ、手法開発の醍醐味を知ることができました。
こうして自分のキャリアを振り返ってみると、5年くらい先の研究状況はあまり予測がつかないなと思います。自分の研究でも5年前くらい前にやりたかったことは、まだできていないこともありますが、想像以上に進んだテーマもあります。
また、透過型電子顕微鏡は、装置本体だけでなく、検出器やその場観察ホルダーなどの周辺装置も目覚ましい発展を遂げている途上にあります。透過電子顕微鏡は、装置・手法開発の立場でもユーザーの立場でも、新しいことに挑戦できる良いフィールドだと思うので、多くの若い人の参入を期待しています!
2019年8月にMicroscopy & Microanalysisが開催された米国ポートランドにて撮影。左から大江耕介博士、筆者、柴田直哉教授。